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【競馬評論家・田原基成】「競馬予想の原点は単勝である」

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競馬予想の魅力に取り憑かれ10年以上。ファンにその魅力を伝え続ける「競馬ストーリーテラー」。予想に対して謎ときに近い魅力を感じており、ローテーション・血統の分野では競馬本を執筆するほど。また、先につながる視点や情報を予想に組み込んでいることから「見ているだけで勉強になる」と評判で、単発にとどまらない長期的な目線での予想力向上に一役買う。本では伝え切れなかった部分を余すことなくお伝えします。

室伏広治、吉田沙保里、アレクサンドル・カレリン。

この3人の共通点は「国内もしくは世界で負け知らず」の時期があったことだ。

それぞれのフィールドで最強の座をほしいままにしてきた生ける伝説。知名度はワールドクラスであり、ハンマー投げ=室伏広治、女子レスリング=吉田沙保里はその競技の代名詞的存在と言えよう。

私が彼ら彼女らを存在を知るうちに、頭をもたげることがある。

「2位だった選手の名前……どれぐらいの人が知っているのか?」

競馬に置き換えるとわかりやすい。例えば歴代の阪神JF。勝ち馬にはブエナビスタ、アパパネ、トールポピーなど翌年のクラシックを制した馬が並ぶ。それらの馬から共通点を見出し「阪神JF勝ち馬はオークスで要注意」といった格言を生み出すこともできるだろう。

問題はここから。

上記3頭が制した阪神JFの2着馬……その名前をパッと思い出せるだろうか?

おそらくほとんどの方が回答に窮するものと想像する。私でいえば、トールポピー勝利時の2着馬を思い出すのに時間を要してしまった。ステイゴールド、メイショウドトウ、ヴィルシーナ……2着馬のネームヴァリューは何度も何度も2着になってこそ。もしくは日本ダービーや有馬記念など、とりわけ大きな舞台で超ド級の高配当を提供したときだ。

今度は競馬予想に置き換えてみる。

人々の記憶に残るのは、そのレースを制した馬。人々のなかには“予想をする人たち”も含まれているわけだか、当時の勝ち馬をすぐに思い出せるのは勝ち馬に対しての想いを割き、本命に指名できたときだ。それ以外は的中した記憶こそ残れど“勝ち馬が制した理由”に対する記憶はまったく残らない。私はこの状況が何より怖い。

ご存知のとおり、3連複フォーメーションは軸馬が1-3着に入ることで的中の資格を得られる券種だ。不可抗力としか言いようのないレース中の不利をリスクマネジメントとして3連単ではなく3連複を選択しているが、ハナから2-3着狙いで本命の印を託すことはない。そもそも「2.3着なら……」と想定している時点で、最大3頭しか座れない馬券圏内の座をひとつ譲っていると捉えられはしないだろうか?

本命馬で狙うのはあくまで1着の座。
2.3着は“勝ち損ない”にすぎない。

私の◎=本命馬は単勝を想定して打たれる。しかしその一方で、昨年私は【私の対抗馬(〇印)に込められた本当の意味】とのコラムを書いている。▲-☆(注)までは上記のとおり本命馬との共通点を見出して設定されるが、対抗馬に関しては少しニュアンスが異なる。そのあたりを意識しつつ、予想・見解をご覧いただければ幸いだ。

「競馬予想の原点は単勝である」そう考えたとき、1年前のあるレースを思い出して“的中”の成功体験のみインプットするのは危険。
なぜなら勝ち馬の推奨理由をスラスラと言えないからだ。成功体験に囚われすぎると、過去の良い記憶を求めて本質とは異なる“無理な穴狙い”にシフトしてしまう可能性がある。メンタルが大きく作用する“予想のブレ”は絶対に避けなくてはならないもの。その道しるべとして「競馬予想の原点は単勝である」と意識付けを行うのは決してムダなことではない。

最後に、文中に記した阪神JFの2着馬はそれぞれ以下の通り。

・トールポピー-レーヴダムール
・ブエナビスタ-ダノンベルベール
・アパパネ-アニメイトバイオ

パッと思い出すことができただろうか?

(※2017年12月執筆)
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